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2025.12.09

63回

63回生 晩秋の伊豆の旅

63回生 晩秋の伊豆の旅

63回卒の同期生7人と新宿高校卒の友人の計8人が晩秋の東伊豆2泊3日の旅を満喫した。

初日(11月26日)は東海道線を熱海で乗り換え、伊東経由で伊豆急行線河津駅下車。ここから東海バスで15分、慈眼院禅の湯へ。この宿は曹洞宗慈眼院の敷地内にある宿坊型の温泉宿で、幕末の安政4年(1857年)に下田駐在のハリス米国初代総領事が宿泊したことで知られる。境内には「ハリス公使旧蹟」の石碑があった。早速源泉かけ流しの「美肌の湯」につかり至福のひととき。岩盤浴で汗を流す仲間もいた。夕食はビールで乾杯した後、地酒をたっぷり味わい、自家菜園の野菜料理、お造り、精進カキフライ、鰆の塩麴焼き、天城山の猪鍋、金目鯛の煮付け、フノリのふりかけなどに舌鼓を打つ。

[写真]慈眼院禅の湯で作務衣に着替えて乾杯する(右奥から)A組石井、F組市原、B組中島、A組宇田川、(左奥から)A組佐藤、E組島村、H組竹村、友人の菊谷の各氏  

2日目(27日)は二手に分かれ、河津七滝(かわづななだる)巡りと河津八幡神社へ。河津七滝は河津川にかかる7つの滝で、遊歩道は片道約2キロだが、上り下りの連続で汗をかく。「伊豆の踊子」像がある初景滝が有名だ。6人は昨年歩いたので今回はパス。河津八幡神社は河津駅に近く、日本三大仇討ちの一つ「曽我物語」で知られる曽我兄弟の父、河津三郎と曽我兄弟が祭神として祀られている。河津三郎は相撲四十八手の一つ「河津掛け」の考案者と伝えられ、境内には力試しに使ったとされる手玉石があって、河津三郎力石の像には名横綱双葉山書の題字が刻まれている。

河津は春の河津桜の時期は観光客であふれかえるが、今の時期は閑散としていた。川沿いの河津桜の並木が紅葉してきれいだ。河津駅から電車に乗り、JR伊東線網代駅で下車。宿の送迎車で南熱海網代温泉「魚菜宿 大鯛」へ。宿は高台にあり、紺碧の相模湾に浮かぶ初島が間近に見える。まず展望大浴場につかりのんびりとした時間を過ごす。夕食は旬の刺身盛り合わせに市場にはめったに出ない高級魚ヤガラがあり感激。ほかに金目鯛の煮付け、真鯛のしゃぶしゃぶ、サザエのガーリックバター焼き、カサゴのから揚げなどが並び地酒が美味しい。

3日目(28日)の朝食は、アジのたたき、小アジの干物、のりにワタリガニの味噌汁が付き、ご飯をお替りしてしまった。宿は家族経営の小ぶりな民宿で、賄いのおばあちゃんは86歳とは思えぬ元気さでまだ車を運転している。網代駅から電車で1駅先の伊豆多賀駅へ。ここから徒歩でゆっくり坂道を下り、20分ほどで古民家を利用した風情ある手打ち蕎麦処「多賀」に至る。全員が名物のせいろ蕎麦を食べたが、味わい深く大変美味しかった。その後、多賀神社前から東海バスに乗り熱海駅に出て帰途についた。この季節、毎年ズガニ(モクズガニ、上海ガニの仲間)料理を食するのだが、今回は予約が取れなかった。残念ではあるが、同級生との温泉グルメ旅は思い出に残る楽しいものだった。(宇田川勝明 記)

▲河津七滝の一つ初景滝と「伊豆の踊子」像

▲慈眼院境内にあるハリス公使旧蹟の石碑

▼河津八幡神社の河津三郎力石の像と曽我兄弟の像

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